昨今、一部の界隈でSubstackが流行し、メールマガジンが再注目されているようです。
メールマガジンという言葉を聞いて、懐かしさを覚える人もいれば、逆に「今さらメール?」と感じる人もいるでしょう。
正直に言えば、私自身もどちらかといえば後者です。
少し前まで、私のプライベートのメールボックスはスパムメールであふれていました。今でこそAIエージェントに整理してもらって、ようやく人間らしいメールボックスを取り戻しましたが、ここ数年、メールから新しい情報や価値観を得るという体験はほとんどありませんでした。
現在の私にとって、メールの役割といえば、せいぜい本人確認のためのツールという感覚です。
だから、メールマガジンが再び注目されていると聞いても、素直に「メールの時代が戻ってきた」とは思えません。
ただ、私は過去に二度、メールマガジンを発行していたことがあります。
ひとつはプライベートで。
もうひとつは仕事で。
そして、その二つの経験を思い返すたびに、メールマガジンというものは、単なるリストマーケティングの道具ではなかったのだと思うのです。
個人ホームページと掲示板の時代
最初にメールマガジンを発行したのは、まだブログが流行する少し前のことでした。
当時、私は個人のホームページを運営していました。あるテレビ番組を題材にしたサイトで、その番組がかなり人気だったこともあり、ありがたいことに多くの人が訪れてくれました。
当時の個人ホームページには、掲示板を設置するのが定番でした。私のサイトにも掲示板があり、そこには毎日のように多くの書き込みがありました。
同じ題材を扱ったホームページはほかにもたくさんありました。しかし、ほかの掲示板を見ると、どこもかなり荒れていました。批判、罵倒、対立、揚げ足取り。今でいう炎上のような空気が、当時の掲示板文化にも普通に存在していたのです。
ところが、不思議なことに、私のホームページの掲示板は比較的穏やかでした。
もちろん、何も問題が起きなかったわけではありません。それでも、集まってくれる人たちのモラル意識が高く、荒れにくい空気が自然とできあがっていました。
後になって、常連さんたちにその理由を聞いたことがあります。
すると、私が毎週書いていたレビューの影響が大きかったのだと教えてくれました。
私はその番組について、できるだけ誰も傷つけない文章を書こうとしていました。巷にはかなり辛辣な意見も飛び交っていましたが、私はなるべく公平な立場から、俯瞰して感想を書くようにしていました。どんな内容であっても、できる限りポジティブに受け止める。
それを続けていたことで、おのずと、そういう空気に共感してくれる人たちが集まってきたのです。
感情の余白が大きい人。
おおらかな人。
正義感の強い人。
人の楽しみ方をむやみに壊さない人。
そういう人たちが集まってくれたことが、コミュニティを健全に保つ大きな理由になっていました。
今でいうモデレーターが自然発生した
やがて、掲示板の常連さんたちが、いわば自衛団のようなものを自然に作ってくれるようになりました。
不適切な書き込みがあれば、管理人である私にすぐ報告してくれる。荒れそうな流れになれば、空気を変えようとしてくれる。私がすべてを監視しなくても、コミュニティの中に自治のようなものが生まれていました。
そこで私は、その人たちを正式にボランティアスタッフとしてお願いし、掲示板の管理権限の一部を渡すことにしました。
今でいうモデレーターです。
当時はそんな言葉は誰も知りませんでしたが、やっていたことはまさにそれでした。コミュニティをひとりで管理するのではなく、信頼できる人たちと一緒に健全な場所を維持していく。
毎晩のようにYahoo!メッセンジャーでチャットをして、常連さんたちと盛り上がっていたことを今でも覚えています。
インターネットが今ほど巨大ではなく、個人サイトにまだ濃い人間関係があった時代の話です。
「もっと文章を読みたい」と言われて始めたメルマガ
そうこうしているうちに、私のレビューや日記を読みに来てくれていた人たちから、もっと文章を読みたいと言われるようになりました。
それがきっかけで、私はメールマガジンを発行することにしました。
読者は300名もいなかったと思います。今思えば、内容もつたなく、特筆するようなものではなかったかもしれません。
それでも、発行するたびに読者の方から感想のメールが届きました。
そのメールを読むのが、毎日の楽しみでした。
今の感覚でいえば、300名未満の読者数は決して大きな数字ではありません。SNSであれば、少し伸びた投稿ひとつでそれ以上の人に届くこともあります。
しかし、当時のメールマガジンには、数字では測れない濃さがありました。
読者はただ登録しているだけではありませんでした。ちゃんと読んでくれている。反応してくれる。そこに書き手と読み手の関係性がありました。
メールマガジンとは、単にメールアドレスのリストに文章を送りつけるものではなかったのです。
少なくとも私にとっては、そうでした。
仕事でもメールマガジンを発行した
もうひとつ、仕事でメールマガジンを発行していたこともあります。
当時、私が所属していたのは企画部でした。役割は、法人携帯の代理店推進担当です。
法人向け携帯電話で日本最大級の販売網を持っている企業でしたので、代理店の数も数百社ありました。その代理店の営業マンの個人アドレスが登録されたグループアドレスに加え、社内の法人携帯部門も含めると、少なく見積もっても2,000人近くは読んでいたと思います。
私に課されたミッションは、営業マンにスマートフォンに詳しくなってもらうことでした。
当時は、まだスマートフォンが出始めた頃です。営業マン自身も、スマートフォンのことをよくわかっていませんでした。
そこで私は、スマートフォンを販売するための基礎知識、スマートフォンの魅力、おすすめアプリ、業界ニュースなどをメールマガジンとして発信することにしました。
忙しい中での発行でしたから、正直かなり大変でした。
しかし、私はもともと文章を書くことが嫌いではありません。どうすれば営業マンが興味を持ってくれるか。どうすればスマートフォンを面白いものだと感じてもらえるか。できるだけわかりやすく、読みたくなる内容にしようと心がけていました。
単なる業務連絡にはしたくありませんでした。
LINEを絶賛していた頃
そのメールマガジンの中で、特に印象に残っていることがあります。
当時、まだローンチしたばかりだった「LINE」を私が絶賛していたことです。
今後、絶対に流行する。
乗り遅れないように、みんなインストールして使った方がいい。
若者はもう電話をしなくなる。
ショートメールも使われなくなっていく。
そんなことを、かなり調子よく触れ回っていました。
もちろん、LINEがここまで社会インフラのように普及するとは、当時の私も思っていませんでした。
ただ、あの頃の私の見立ては、かなり正しかったと思っています。
毎回、公式から発表されるユーザー数の増加を紹介し、雪だるま式に増えていくユーザー数をお祭りのように取り上げていました。
すると、社内でもその噂を聞きつけて、LINEをインストールして使う人が増えていきました。
今思えば、あのメールマガジンは単なる情報共有ではありませんでした。新しい時代の空気を、営業マンたちに伝える役割を果たしていたのだと思います。
「仕事を始める前に読むのが楽しみです」
やがて、そのメールマガジンは部署内外でかなり注目されるようになりました。
代理店の営業マンから、
「仕事を始める前に読むのが楽しみです」
「スマートフォンが好きになりました」
「お客様に話すネタが増えました」
といったメールが届くようになりました。
これは本当にうれしかった。
仕事で書いているメールマガジンですから、目的はもちろんありました。営業マンに知識をつけてもらう。スマートフォンに興味を持ってもらう。販売につなげる。
しかし、それだけでは読まれません。
読者が「読まされている」と感じた瞬間に、メールマガジンはただの業務メールになります。開封されるかもしれませんが、心には残りません。
だから私は、できるだけ楽しんで読めるものにしたかった。
スマートフォンに興味を持ってもらうために、「おすすめのスマートフォンアプリを動画で紹介しよう」というコンテストを開催したこともあります。
後に、このコンテストがきっかけで私の部下になった人もいました。
メールマガジンが、人を動かすきっかけになっていたのです。
人生で一番仕事が楽しかった時期
少し脱線しますが、当時は私の社会人人生の中で、一番仕事が楽しかった時期でもありました。
代理店の数が多く、販促ツールが統一されていなかったため、販売現場の平準化が課題になっていました。
そこで、営業マンにiPadを一台ずつ配布し、お客様に動画を見せるだけでサービスや商品の概要を説明できるようにする取り組みが始まりました。
そのコンテンツ制作を、私が担うことになったのです。
偶然にも、代理店のひとつだった映像制作会社が吸収合併されたことで、そのクリエイティブチームが社内に加わりました。自分が企画したキャラクターアニメーションのコンテンツについて、自作の絵コンテをプロのクリエイター見せながら形にしていきました。
これが、とにかく楽しかった。
子供の頃から、私はクリエイティブな仕事に憧れていました。その憧れが、思いがけない形で仕事の中に現れたのです。
完成したコンテンツを上層部が見て、大絶賛してくれたことも大きな成功体験になりました。
この時期の私は、自分の文章や企画が、人を動かし、現場を変え、仕事の空気を作っていく感覚を持っていました。
私が異動したあと、メルマガは一カ月で止まった
その後、私は大型の新規プロジェクトに抜擢されることになり、企画部から異動することになりました。
大好評だったメールマガジンは、同僚に引き継がれることになりました。
しかし、残念ながら私が異動してから、たった一カ月で配信は停止されてしまいました。
後に、引き継いだ同僚から事情を聞きました。
私から引き継いだ途端に、「内容がつまらない」というクレームが殺到したそうです。同僚は上司に直談判し、「同じクオリティで発行できないので、配信をやめましょう」と提案し、すぐに受理されたとのことでした。
実は、私宛にも「復帰してほしい」というメールがちらほら届いていました。
しかし、その頃の私はすでに他社に出向していたため、どうすることもできませんでした。
そこは今でも、少し心残りです。
ただ、この出来事は私にとって、メールマガジンという媒体の本質を考える大きなきっかけにもなりました。
メールマガジンは、リストではなく信頼で読まれる
メールマガジンは、何かを売りつけるために集めたリストへ文章を投げるだけのものではありません。
その感覚でいると、すぐにしっぺ返しを食います。
なぜなら、読んでくれる人は、それなりのクオリティを求めているからです。
薄っぺらい内容。
機械的な文章。
間延びしたエッセイ。
誰の役にも立たない業務連絡。
売り込みだけが透けて見える文章。
そういうものは、すぐに飽きられます。
やがて開封すらされなくなります。
メールマガジンは、実はかなりハードルの高い媒体です。
SNSのように偶然流れてくるものではありません。メールボックスという、かなり個人的な場所に届くものです。だからこそ、そこに入り込むには、それなりの理由が必要になります。
読者にとって読む価値があること。
書き手に対する信頼があること。
次も読みたいと思える熱量があること。
そして、発信者自身が継続できるだけの専門性や経験を持っていること。
これがなければ、メールマガジンは続きません。
メールは復権するのか
これからの時代、リストマーケティングの王道は、再びメールアドレスに戻るのでしょうか。
私は、そこには懐疑的です。
メールマガジンが再び価値を持つとしても、それはかつてのように「メールアドレスを大量に集めれば勝てる」という意味ではないと思います。
むしろ逆です。
メールマガジンは、誰にでもできるようでいて、実はかなり人を選ぶ媒体です。
専門性がある。
経験がある。
書き続ける力がある。
読者との信頼関係を作れる。
その人から届く文章だから読みたいと思われる。
そういう限られた発信者にとってだけ、メールマガジンは今後も強い媒体であり続けるのだと思います。
Substackが流行しているからといって、メールマガジンの時代が単純に戻ってくるわけではありません。
戻ってくるとしたら、それはリストマーケティングの復権ではない。
読者との信頼関係を築ける書き手だけが生き残る、シビアな媒体としての復権なのだと思います。

