魔の交差点
一段階は順調に進み、ストレートで仮免を取得した俺は、路上教習へと進んだ。
そして、最初の教習で教官にブレーキを踏まれてしまう。猛スピードで直進してくる車より先に右折しようとしたからだ。
直進車が走ってきた道路が急カーブになっていて右折を始めたときには直進車は死角にいて見えていなかったが、右後方を確認して目線を戻した時には目前に迫っていた。
危なかった・・・
この日以降、しばらくは「急いでいるのでごめんねごめんねー!」というノリで右手を軽く挙げながら猛スピードで走り去っていったお爺さんの顔がフラッシュバックして結構なトラウマになったが、何事も起きずに自分の運転技術を過信してしまうより結果的には良かったと思っている。
あと、わかってはいたが高齢ドライバーには十分に注意する必要があることも同時に学んだ。
パワーポイントの鬼
何を隠そう俺は極度の方向音痴だ。
建物から外へ出る際は、大抵の場合行きたい方向とは真逆の方向に歩き出すし、二回以上曲がると自分がどっちの方向に向かっているのか把握できなくなるというアビリティを持っている。
これが免許を取得する上で俺の最大のウィークポイントだと思っていたが、幸いにも数年前の法改正によって路上検定(卒業検定)で道順を覚える必要はなくなったと教官に聞いて胸をなでおろした。法改正はどうやらカーナビの普及が要因らしい。
しかし、第二段階の技能教習では道順を覚えなくてはならない「自主経路」が必須項目として残っていて、これが事実上、俺が免許を取得する上で最大の山場であることは間違いなかった。
「自主経路」とは、学科教習の際に渡された地図に自身で経路を書き込み、その通りに目的地に到達するというもので、運転中は地図を確認することはできないので、道順を予め覚えておかなくてはならなかった。
とは言え、右左折が数回ある程度で距離にして二~三キロと短いので方向音痴でない人にとってはさほど難しいものではない。
しかし俺は万全を期すために、夜な夜なMacBook ProでGoogle Mapを立ち上げ、交差点や信号などの要所のストリートビュー画像を保存し、それをパワーポイントへ貼り付け、「一時停止注意」「右折対向車注意」などのコメントを加えて約五十枚のスライド資料を作成した。
俺は長年営業に携わってきたので、商品の提案資料や部下への教育資料などの作成が得意で、同僚からは「パワーポイントの鬼」と呼ばれていたことがある。だからこの程度ならお手の物なのだ。
作成したスライド資料をPDF形式に変換してiPhoneへ送り、それをスワイプしながら脳内シミュレーションを何度も繰り返し、経路を完璧に頭に叩き込んだ。
Yくんは俺の渾身のパワーポイント資料を見て「それ、ずるいですよー!」と言って笑っていたが心の中ではドン引きしていたことだろう。しかしこの後、経路を覚えて油断した俺に合宿最大の危機が迫っていることなど知る由もなかった。
シダックス・トラップ
「自主経路」の本番当日。脳内に完璧に叩き込んだ経路を順調に進行していく。
俺はすでに地元の道を走っているような感覚になっていた。「次は信号を一つ越えて、シダックスの看板がある交差点を右折だな。」などと考えながら右ウインカーを出して右折車線へ入る。ここで事件は起きた。
「・・・ん?あれ?シダックスの看板がない?!」おかしい・・・
この交差点でかなり大きなシダックスの看板が見えてくるはずだ。ストリートビューで何度も確認済みだ。一瞬にして脳内が大パニックに陥る。もしかしてもう一つ先の交差点だったか?!いやそんなはずはない。信号も数えていたし、脳内シミュレーション通りならこの交差点で間違いないはず・・・なのになぜだ!!
俺「あれ?あれれれ?ここじゃなかったかな?あれれれ?」
ぶつぶつ呟きながらキョドる俺。人差し指をこめかみにあてて、「えーっと・・・」と古畑任三郎スタイルで考えてみるが、当然ながら脳内パニックは収まらなかった。そんな俺を見かねた教官が唐突に言う。
教官「ここ、前はシダックスだったけど、最近潰れたんだよねー」
俺「!!!」
この助け舟でパァーっと世界が明るくなったように思考が回復した俺は、
俺「あーそうなんですね!困っちゃいますねー!」
などとわけのわからないことをつぶやきながら、何事もなかったかのように交差点を右折した。こうして俺は合宿最大のピンチを見事に切り抜けることができたのだった。
結論、生徒がGoogleストリートビューでバッチリ予習していることなど、教官はまるっとエブリシングお見通しだ!