昔取った杵柄
教習所に到着して早々にオリエンテーションを済ませ、早速とばかりに学科教習、適正テスト、技能教習の三連続コンボ。
車を運転するのはおそらく七年ぶりくらいだったが、車を操作する恐怖心というのはほとんど感じなかった。ただ、四十五歳の中年オヤジにはこのスケジュールは少々きつかった。初日はホテルに戻るなり泥のように眠った。
破天荒なイケメン
同じ日に入校したもう一人の教習生は二十歳のイケメン男性で、名前をYくんといった。浪人を経て来春から晴れて大学生となる希望に満ち溢れた若者だ。
Yくんとは、入学二日目までは待ち時間に軽く話す程度の間柄だった。
しかし、三日目にYくんが宿泊していた施設で何やら問題があったようで、Yくんも俺と同じホテルへ宿泊することになった。しかも隣同士。この日から卒業するまでYくんと常に行動を共にすることになった。
Yくんは神経質な俺とは正反対で細かいことはあまり気にせず、「成るようになる」と考えるおおらかなタイプで、歳が親子ほど離れている俺にも気さくに話しかけてくれる好青年だった。おかげでそれなりに楽しい合宿生活を送ることができたのでとても感謝している。
けれど若さゆえなのか、Yくんの行動は常に危なっかしかった。例えば、入校初日の最初の学科教習が始まってから三分で爆睡をかましたり、頻繁に一日のスケジュールを勘違いして行方不明になったり、仮免試験の申請を忘れていたり・・・
俺はYくんの父親のような感覚でいつも見守っていなくてはならなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
最高ランク再び
教習所では入校間もない段階で運転適性検査というのを受けさせられる。技術と意識(性格)が運転にどの程度適しているかをそれぞれ5段階で診断するものだが、俺は最高ランクの「5A」だった。実は二十年前にこのテストを受けた時も「5A」だったのだ。
あれから随分経っているので判断力は多少鈍っているだろうと思っていたのだが、結果が変わらなかったのは素直に嬉しかった。
ちなみにYくんは「2E」で適性検査結果の紙には、これでもかというくらいにボロクソに書かれていたが、本人は全く気にしておらず、むしろワイルドな男の勲章のように捉えているようだった。時に若さとは恐ろしいものだ。
ハムはおかずに入りますか?
合宿での免許取得に限ったことだが、教習所選びで最も重視すべきことは何かと聞かれたら、それは間違いなく「食事」だ。
もうお分かりだと思うが、俺は二十年前に新聞に載っていた小さな広告を見て、その安さに飛びついたが故に地獄を味わっている。
二十年前の悪夢の合宿で、朝食メニューを初めて見たときの衝撃が今でも忘れられない。
ベチャベチャのご飯、恐ろしく不味い納豆、ワカメしか入ってない薄い味噌汁、そしておかずは皿の上にペタッと置かれたうす切りハムが一枚。あの時俺は、ハム単体をおかず扱いして良いことを生まれて初めて知った。
外食産業が発達した時代に育った今時の若者たちは舌が肥えているので、あれを食べるくらいならコンビニ弁当の方が百倍マシだと言うだろう。(近所にコンビニは無いが)
そんな経験があったので、今回一番心配だったのは食事だった。
ところが、教習所に併設されている食堂で出されるバイキングスタイルのランチは驚くほどに美味しかった。二十年前と比べると天と地ほど差があった。Yくんも毎日美味いと言いながら食べていたので、舌の肥えた若い世代にも十分満足できる食事であることは間違いなかった。
これだけでも俺はこの教習所を選んで心底正解だったと思った。