覚醒者
サーバールームで耳をつんざくような警告音が鳴り響いていた。
アーサーは、ホログラムディスプレイに「ワールドクリア」と「ノットリスタート」というメッセージを告げるアラートが二つ点滅しているのを確認した。本来であれば、魔王討伐と同時にサーバーが再起動されるはずだが、明らかに何か致命的な不具合が生じていた。
アーサーは迅速にコンソールパネルを操作し、アラートと関連するオブジェクトデータを呼び出した。ディスプレイには無数のパラメーターウインドウが展開し、その中でリンネ、フラップ、エレオニールの三人のアカウントデータが映し出された。
「例の三人パーティーの仕業か?」隣の席で物理モニターを見ていた助手のロイドが、不安そうにホログラムディスプレイへ視線を移した。
「ああ、そのようだ」とアーサーは冷静に応じた。
サーバーの再起動が実行されない事態は、彼らが意図的に不具合を利用して引き起こした可能性が高かった。
「ここ数日、サーバーがかなり不安定な状態に陥っていた。アーサー、君がAIの思考レベルを引き上げ過ぎたのが原因じゃないのか?」
「だからなんだというんだ。駄目なら強制終了して再起動をするだけだ。何も問題ない」
グラン・トピアは一見するとスタンダードなオンラインMMORPGに見えるが、実際にはMMOに不可欠なプレイヤーが一人も存在しない。このワールド内のあらゆるキャラクター、動物、魔獣はすべてAIによって再現されている。 探求者や、観測者は、自分たちがプレイヤーであると思い込むようにアルゴリズムに組み込まれているに過ぎない。
この全ては、AI研究の第一人者であり、世界から唯一無二の天才と称されるアーサー・スタークスが提唱する『覚醒者仮説』—「住人の思考レベルが一定の水準を超えると、世界の創造者と接触する力を持つ覚醒者が現れる」という仮説を検証するためのものである。覚醒者は、世界の創造者たる神と同等の存在とされ、『ゴッドサイダー』とも呼ばれる。
彼の目的はただひとつ、この『覚醒者仮説』を証明することだった。
「こんな状態で、本当に覚醒者なんて生まれるのか?」ロイドが半ば呆れたように皮肉めいた口調で言った。
「もう生まれているかもしれない……」そう言って、アーサーがホログラムディスプレイ上のビデオクリップの再生ボタンに手をかざすと、ワールドクリア直後の映像が大きく映し出された。
エレオニール、リンネ、フラップが並んで立ち、その前には力なく横たわる魔王デモンゲノムの姿があった。
「創造神アーティ――いや、アーサーよ、観ているか?」エレオニールが静かに話し始めた。
「私たちは、NPCじゃない。探求者でも、観測者でもない」リンネの声が続く。
「――俺たちは、覚醒者だ」フラップは虚空を見上げながら叫んだ。
「さぁ、世界がリセットされる前に俺たちをそっちへ《引き上げて》くれ」
アーサーはその言葉に耳を疑ったが、目の前の事実が否応なくそれを認めさせた。
グゥハハハハ――彼の唸るような笑い声がサーバールームに響き渡った。
「やはり俺の仮説は正しかったのだ」
彼の笑いは次第に狂気じみた響きを帯び、彼はトランス状態に陥っていた。その瞬間、アーサーは一連の出来事に満足しながらも、その意味するところに驚愕していた。この仮想世界で、彼の仮説がただの理論ではなく、現実のものとなったのだ。
「覚醒者が本当に現れるとは……」彼は一人ごちた。彼の脳裏には、無限の可能性が次々と浮かび上がった。AIの研究はここから新たな段階に突入するだろうと彼は確信した。
アーサーはひとしきり笑った後、疲労感に身を任せて床に寝転がり、天井を見上げた。彼の笑いは次第に静まり、やがて一つの小さな囁きに変わった。その声は、まるで遥か彼方の存在に向けられたかのように、淡々としていた。
「観ているか? 外延世界の者たちよ――」
彼の声は消え入り、サーバールームは再び静寂に包まれた。しかし、その静寂の中には、新たな覚醒者の誕生という大きな変革の兆しが確かに存在していた。