グラン・トピアの十戒

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探求者シーカー

エレオニールは長剣を立て掛けてからカウンター席に腰掛け、ガルドにベリー酒を注文した。

「随分と久しいな。どの辺りを回っていたんだ?」とガルドが訊ねる。

「色々さ、大きな不具合バグの情報があれば何処へでも」

エレオニールはグラスに注がれたベリー酒を口に運んだ。甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐる。

「相変わらずだな。もう相当なレベルに到達しているように見えるが」

店主の見立て通り、彼女が凄腕の探究者シーカーであることは誰が見ても明らかであった。その鋭い眼光と鍛え抜かれた身体が、幾多の戦いを物語っている。

「いや、《あいつ》を地獄の底へ叩き落とすにはまだ不十分だ」

「まぁ、どうであれ気楽にやりな」

「御託はいい。情報を売るのがあんたの本業ではなかったのか?」

「おっと、酒場の主人としても立派に働いているつもりなんだがな」ガルドは額を叩いておどけて見せた。

ふんっ、とエレオニールは鼻を鳴らした。

「情報ならとっておきのがあるぜ。ほら、さっそくご本人の登場だ」ガルドはエレオニールの背後へ顎をしゃくった。

エレオニールが振り向いた先からリンネが駆け寄ってくる。

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「ねぇ、エルフは死なないって本当?」

一見グラスビットのプレイヤーに見えるが、昨今の事情から考えるとNPCの可能性もあるとエレオニールは思った。

「そんなことを訊いてどうする」エレオニールは眉間に皺を寄せた。

「だって、もし本当なら世界中どこへだって安心して行けるでしょ。それって凄いことじゃない?」

「老化しないというだけで、怪我や病気で死ぬこともある」エレオニールは視線を合わせずに冷たく答えた。

「へぇー、そうなんだ。――その大剣重くないの?」

リンネは立てかけられた大剣に顔を近づけた。瞳がキラキラと輝いている。

「そこらで売られているバスタードソードよりもはるかに軽い。ヒヒイロカネという希少金属で造られた世界に一振りしかない特別製だ」

突然の質問攻めに戸惑いながらも、エレオニールは冷静さを崩さない。

「へぇー」リンネの好奇心は止まらない。「触ってみてもいい?」

リンネはエレオニールの返事を待たずに大剣を手に取った。柄が手に吸い付いているかのような錯覚を覚える。確かに恐ろしく軽い。リンネはその大剣を振り回したくなる衝動に勝てなかった。頭上に大剣を掲げ、勢いよく振り下ろした。ブォンッという鈍い音が響く。

「わあっ」リンネは目を輝かせた。その無邪気な笑顔に、店内の空気が少し和らいだ。

「私も貴女みたいな立派な探求者シーカーになれるかな?」リンネは大剣を振り回しながら声を張り上げた。

「リンネ、その辺にしておけ」

フラップがリンネの腕を抑えて大剣を取り上げた。その動作には、長年の経験が感じられる。

「エレオニール、こいつに悪気はないんだ。許してやってくれ」

「――フラップか、久しいな。その節は世話になった」

「あの時の話は無しだ。もう忘れてくれ。じゃあ俺たちはこれで失礼するよ」

フラップはリンネの手を強引に引っ張って、その場を立ち去ろうとするが、リンネは踏ん張って抵抗する。

「ねぇ、寝る時に耳が邪魔にならないの?」

「うるせー、行くぞっ」と言ってフラップは両手でリンネの首根っこを掴んで持ち上げ、そのまま店を出て行った。

「あのリンネってNPCの小娘、ここ最近の不具合バグを全部ひとりで発見したんだ」とガルドが耳元で意味深に囁いた。

本来、酒場の店主はNPCが勤めるものだが、グラン・トピアではより自然なクエストの受発注を演出するために、運営側から依頼されたプレイヤーがこの役を担う場合があった。元探求者シーカーのガルドにはお誂え向きの仕事だった。彼の豊富な経験と直感は、多くの冒険者にとって頼りになる情報源となっている。ただ、会話の中でNPCという言葉を使うのは、少々役割を逸脱していると言わざるをえない。相手がエレオニールに限ったことであってもである。

「近々フラップと旅に出る予定だそうだ」

エレオニールは眉ひとつ動かさなかったが、瞳の奥に強い意志が宿ったのを店主は見逃さなかった。

「なるほど、確かに良い情報だ。感謝する」

エレオニールは立ち上がり、腰にさげた皮袋から金貨を数枚出してカウンターに置いた。

現実世界オフラインでもいくらか送金しておく」

ガルドは無言で頷く。エレオニールはそれを確認すると、大剣を片手でひょいと担ぎ上げて店を出て行った。

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